猫の膵炎
猫の膵炎 について
猫の膵炎の原因は不明のことが多いですが、 猫の慢性膵炎は組織病理学的所見がリンパ球-形質細胞浸潤線維症であることから自己免疫が原因です。猫の膵炎は、膵リパーゼ免疫反応性(fPLI)検査で特異度は100%感度も100%で診断でき、一般的な症状は、無気力、食欲不振、体重減少などで、他に嘔吐や腹痛、下痢、黄疸、脱水、多飲、多尿などですが、全く症状が出ない猫もいます。膵炎の猫には、犬や人間の膵炎と違って低脂肪の餌を与える必要はありません。
カリフォルニア大学デービス校の猫の膵炎の研究では、他の疾病で死後解剖された 115 匹の猫のうち、60% に慢性膵炎の兆候が見られ、16% に急性膵炎の兆候が見られ、一見健康そうに見えた猫の 45% に膵炎の証拠が見られました。猫の膵炎は一般的な病気で、健康に見える猫も膵炎の可能性があり、診断されていない猫が非常に多い病気です、血液検査で診断が可能ですので、無気力、食欲不振、体重減少 不定期の嘔吐、下痢などの症状がある、疑わしい猫ちゃんは血液検査を受けましょう。
出展:猫の膵炎に関する米国獣医内科学学会ACVIMの合意声明
目次
1猫の膵炎のしくみと原因
1-1猫の膵炎のしくみ
1-2猫の膵炎の原因
2猫の膵炎の種類
3猫の膵炎の診断
3-1猫膵リパーゼ免疫反応性(fPLI)検査
3-2SAA検査検査
4猫の膵炎の臨床症状
4-1猫の膵炎の嘔吐
4-2猫の膵炎の併発症
5猫の膵炎の治療と管理
5-1輸液療法
5-2鎮痛
5-3抗生物質
5ー4ビタミンB12
5-5抗炎症/免疫抑制療法:
5-6栄養療法
5-7猫の膵炎と食事に含まれる脂肪について
5-8食欲刺激
5-9チューブ栄養
6猫の膵炎の予後
7猫の膵炎のまとめ
8主な参考文献 Reference
1猫の膵炎のしくみと原因
1-1猫の膵炎のしくみ
膵臓は、胃のすぐ下にある淡いピンク色の組織です。
膵臓には、食物を分解するために必要な消化酵素の産生と、代謝を調節するインシュリン等のホルモンの生成という 2 つの役目があります。膵臓の消化酵素は非常に強力で、私たちが摂取した脂肪やタンパク質をすぐに分解し、体内に吸収できるようにしています。
消化酵素は、特別な膵臓という袋の中で作られ、保存されるため、私たちの体を傷つけることはありません。消化酵素は、特別な管 を通って放出され、腸に運ばれ、食べた食物に作用します。消化酵素は、腸に到達して、酸性の食物と出会うまで活性化されません。
膵炎になるとこれらの酵素が、もれだし活性化し、猫自身の体を消化してしまいます。
自分の体を消化し、組織はさらに炎症を起こし、となりの肝臓にまで及びます。この組織破壊の暴走 によって放出された毒素が循環に放出され、さらに全身の炎症反応を引き起こします。
膵炎になると、インスリン産生能力が阻害され、糖尿病や外分泌膵機能不全 を発症する可能性もあります。(膵臓の80%が損傷し、インスリンが生成できなくなると、糖尿病になります)
1-2猫の膵炎の原因
猫の膵炎はほとんどの場合(95%)が原因不明です
猫の慢性膵炎は自己免疫が原因で、再発することが多いです。
自己免疫性膵炎(AIP)は、人間ではまれにしか発生しませんが、猫では、慢性膵炎に対する免疫抑制療法に反応することから、猫の慢性膵炎は免疫介在性の可能性があります。
炎症性性腸疾患 (IBD)や胆道疾患も猫の慢性膵炎発症の危険因子です。
猫の膵炎は嘔吐によって腸内容物が膵管への逆流することが原因になることがあります。猫は犬よりも近位十二指腸に細菌が多く、十二指腸乳頭に膵液と胆汁の流出のための経路が一つになっている(犬は分かれている)ので、犬より膵炎をこしやすいです。犬とは違って、肥満、高脂肪食、薬物、食事の不注意は猫の膵炎の危険因子ではありません。
(猫の膵炎は脂肪分の多い餌が原因ではありません)
2猫の膵炎の種類
猫の膵炎は、
急性壊死性膵炎 (ANP)
急性化膿性膵炎 (ASP)
慢性非化膿性膵炎 (CNP) に分類されます。
猫の急性膵炎は、原因を取り除けば完治可能ですが、猫の慢性膵炎は完全に元に戻らない組織学的変化をもたらし、再発を繰り返します。
3猫の膵炎の診断
3-1 猫膵リパーゼ免疫反応性(fPLI)検査
猫の膵炎を診断するための最も感度と特異度の高い検査です。膵炎の兆候がみられる21匹の猫と8匹の健康な猫を対象とした研究では、特異度は100%、中等度から重度の膵炎の場合のfPLIの感度は100%でした。fPLIは、重度の症例で高くなります.
3-2 SAA検査
研究では急性膵炎の48匹の猫のうち44匹の猫(92%)でSAAが基準範囲を超え、65%と35%でそれぞれ基準上限値の3倍と10倍を超えていました。SAA検査は動物病院の外来検査で直ぐに結果が出るので、猫の膵炎のスクリーニング検査に非常に有益です。
4猫の膵炎の症状
猫の膵炎の症状ははっきりとしません。一般的な症状には、無気力、食欲不振、体重減少などがあります。急性膵炎の猫は、嘔吐、下痢、黄疸、脱水、多飲、多尿などがあります。
4-1猫の膵炎の嘔吐
人間や犬の膵炎では殆どの症例で嘔吐しますが、猫の膵炎は嘔吐がないことが多いです。最近の研究では猫の膵炎で嘔吐の症状はわずか35%でした。
4-2猫の膵炎の併発症
猫の膵炎157 匹を対象とした研究では、34% が慢性腎臓病、26.8% が急性腎不全 、14.1% が心疾患、13.4% が糖尿病、12.1% が肝脂質症でした
5猫の膵炎 治療と管理
猫の膵炎に対する特別な治療法はなく、治療は支持療法になります。治療の目標は、
〇膵臓の組織灌流を維持し回復させる:輸液療法
〇痛みをコントロールする:鎮痛療法
〇膵臓への細菌の移行を制限する;抗生剤
〇炎症を抑え、免疫を調節する:抗炎症、免疫抑制療法
〇代謝異常を修正する:ビタミンB12
〇栄養補給を行い、併発疾患に対する適切な治療を早期に開始する:栄養管理、食欲管理
輸液療法
脱水症状と電解質の不均衡の是正、水分の維持必要量 (60 mL/kg/日) の供給、膵臓のさらなる損傷からの保護を目的として輸液療法を実施します。
輸液療法によって正常血液量を確立することで、膵臓灌流と膵臓組織への酸素供給が改善されて、膵臓組織の損傷がおさえられます。皮下輸液療法で十分な場合もありますが、重度の場合は入院と静脈内療法が必要になります。
鎮痛療法
猫は痛みを隠します、猫の膵炎の25%しか痛みを示しませんが、鎮痛療法は、明らかな痛みの兆候を示していない場合でも、猫の膵炎に効果が確認されています、猫の膵炎には積極的に痛み止めを使用してあげましょう。
抗生物質
アメリカ獣医内科学会の猫の膵炎に関する合意声明では、急性膵炎の多くは無菌性なので、合併症のない症例では抗生物質は不要であると述べられていますが、研究では、中等度から重度の膵炎を患う猫の 35% (11/31) 膵臓の細菌感染が認めらておりますので使用します。
ビタミンB12
健康な膵臓は、食事からビタミン B12 (コバラミン) を吸収するために必要な内因子と呼ばれる物質を生成します。猫の膵炎の膵臓は十分な内因子を生成できず、慢性化すると欠乏症が起こり、ビタミン B12 欠乏症が起こり、貧血になることがあります。食事中のビタミン B12 は内因子なしでは吸収できないため、定期的に注射でビタミンB12 を与える必要があります。
抗炎症/免疫抑制療法
猫は慢性膵炎になりやすく、慢性膵炎の猫にはステロイド、シクロスポリ、等の免疫抑制薬が使用されます。人間の慢性膵炎にはステロイドが有効なことが解っています、猫も同じように慢性膵炎の治療にステロイドの有効性が確認されています。
慢性膵炎の猫にはコルチコステロイドやその他の抗炎症薬または免疫抑制薬は、fPLI 試験で監視しながらを使用します。
コルチコステロイドまたはシクロスポリンを投与しても臨床症状が改善しない、または fPLI 濃度が低下しない場合は、抗炎症薬または免疫抑制薬治療を中止することもあります。
猫の慢性膵炎に免疫抑制剤のシクロスポリンを投与した最近の研究では 血清中の猫膵リパーゼ免疫反応性 (Spec fPL) 濃度が 19 匹中 16 匹の猫で大幅に減少しました。逆にシクロスポリンで治療した11匹の猫でシクロスポリンを減量、中止した猫は血清中の猫膵リパーゼ免疫反応性 が増加しました。
日本で開発された新しい犬用膵炎の治療薬フザプラジブナトリウムが猫にも効果が認められています。
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202202251680191854
https://www.zenoaq.com/products/product_pht/8829f55ca395e0c9507ed207b9777ea594aac89f.pdf
栄養療法
猫は長期間、絶食すると肝脂肪症(肝リピドーシス)になります、食欲不振による合併症を避けるためにできるだけ早く食事を開始します。
昔は膵炎の猫は絶食させていましたが、食事をとらせることで消化管全体の治癒が促進されるので、積極的に食事を与えてあげてください。
猫の膵炎と食事に含まれる脂肪について
膵炎の猫は人間や犬よりも食事中の脂肪に耐性がありますので低脂肪食を与える必要はありません。慢性膵炎の猫には、高タンパク質、低炭水化物食、の食事を与えてください。(猫の膵炎に関するACVIMのコンセンサス声明より)
食欲刺激
食欲刺激剤の投与は、猫の膵炎の食事摂取量を回復させるのに効果があります。
ミルタザピン。カプロモレリンを食欲刺激剤として投与しますが、カプロモレリンは一部の猫で低血圧、徐脈を起こすので、当院では、猫の膵炎には使用しません。
耳に塗る食欲増進剤
当院では、オーナー様も猫も簡単に投与できる耳に塗布するミルタザピンを処方します。
ミルタザピン説明動画↓
チューブ栄養
48時間以内に食欲増進剤に反応しない猫や、来院前から長期の食欲不振の猫に対して、経鼻食道チューブによる、チューブ栄養治療を検討します。
6猫の膵炎の予後
猫の急性膵炎の死亡率は 9~41% です。
低血糖、低カルシウム血症、高窒素血症、白血球減少症は、予後不良の指標となります。
血清 fPLI が高値を示した場合も予後よくありません。
7猫の膵炎のまとめ
①適切な膵臓灌流を維持または回復するために、点滴、輸液を行う
②猫が痛みを表現していなくても、積極的に鎮痛剤を投与する。
③細菌の増殖を制限するために抗生剤を投与する。
④炎症メディエーター阻害するために、抗炎症剤を投与する。
⑤ビタミンB12及び 栄養補給を行う
⑥積極的に食事を与える
⑦診断されていない猫ちゃんがすべての猫全体の60%もいます、猫の膵炎は血液検査で診断が可能ですので、無気力、食欲不振、体重減少 不定期の嘔吐、下痢などの症状がある、猫の膵炎が疑わしい猫ちゃんは血液検査を受けることをお勧めします。
8主な参考文献 Reference
主な参考文献 Reference
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